寺の考え方

ちゃんとしなければ、
迷惑をかけてはいけない、
弱音を吐いてはいけない。

そんなふうに、
自分を責めながら生きてしまう日があります。

間違えないように、周りの空気を読んで、正しく生きる。
それだけで、現代の暮らしは息が詰まりそうになることがあります。

西光寺は、あなたに「正しく生きること」を求める場所ではありません。
上手に生きられない日があっても、心がぽっきりと折れてしまった時でも、
ただそのままで身を置ける、静かな場所でありたいと願っています。

「決して、一人にはしない」という約束

西光寺が現代の暮らしに寄り添う理由

誰にも分かってもらえないように感じる日があります。
何をどう言葉にすればよいのか分からないまま、
ただ一人で抱えてしまう夜があります。

西光寺は、そんな時にも、
「決して、一人にはしない」という想いを、お寺の真ん中に置いています。

それは、私たちが偉い立場から誰かを「救う」ということではありません。
一人の人間として、皆さまの傷みや寂しさに、
どこまでも「ご一緒させていただきます」という、西光寺の変わらない姿勢です。

完璧になれない自分を責める必要はありません。
強くなれないその足元のまま、どうぞ西光寺へお声がけください。

頑張れない人のための、お念仏

浄土真宗本願寺派の教えを、暮らしの言葉で伝える

西光寺が受け継いでいる浄土真宗の教えは、
「立派な人になるための修行」ではありません。

どうしても頑張れない時があります。
弱さを抱えたまま、明日を迎えなければならない時があります。

浄土真宗のご本尊である阿弥陀如来あみだにょらいさまは、
私たちが何かを成し遂げたから見守ってくださるのではありません。

情けなくて、不完全で、迷いながら生きる私たちに、
智慧と慈悲の光を常に注いでくださる仏さまです。

「南無阿弥陀仏」とお念仏を口にするとき、
それは私たちが仏さまへ一方的にお願いをしているのではありません。

仏さまの側から、
「私はここにいるよ、あなたを一人にしないよ」と届いている呼びかけに、
私たちが「ありがとうございます」とお応えしている、温かな時間なのです。

「また会おうね」の言葉に込めた願い

住職が仏事を通じて伝えたい想い

大切な方を亡くされたとき、
私たちは言葉にできないほどの喪失に包まれます。

その悲しみの中で、西光寺が大切にしている言葉があります。

「また会おうね」

仏さまになられた先人は、ただ消えてなくなってしまうのではありません。
阿弥陀さまによって仏となり、極楽から私たちを温かく見守ってくださっています。

だから、今のお別れは、永遠の孤独ではありません。

「また会おうね」という慈悲の願いを胸に、
私たちは「ありがとう」とご供養を続け、
これからの人生を、また一歩ずつ歩んでいくことができます。

西光寺も、そのそばで、
皆さまの心に寄り添い、共に歩んでまいります。

暮らしのすぐそばにある、静かな本堂

八尾市刑部の町寺として、人生の節目に寄り添う

西光寺は、宝永5年(1708年)に西本願寺寂如宗主より木仏尊像を下付された頃を開基と伝え、
300年以上の歳月を、この八尾市刑部の地で地域の皆さまと共に歩んできました。

西光寺より八尾市東南には、浄土真宗本願寺派の寺院はございません。
古来よりこの地域で、お念仏を喜ぶ町寺として親しんでいただいています。

お寺は、法事やご葬儀の時だけ、義務のように連絡をする場所ではありません。

日々の暮らしの中でふと立ち止まりたくなった時、
誰にも言えない苦しさをどこかに置いていきたくなった時、
大切な方のことを静かに想いたくなった時。

西光寺は、いつでも変わらない静けさと共に、
皆さまの心に寄り添う町寺でありたいと願っています。

八尾市をはじめ、東大阪市・柏原市・藤井寺市・羽曳野市など、
大阪府内各地からお越しいただいております。
遠方からのご相談も、お電話・LINEにてお気軽にお問い合わせください。

お寺の考え方について、よくあるご質問

浄土真宗はどのような教えですか?
浄土真宗は、完璧になれない私たちを、阿弥陀如来さまが決して見捨てず、智慧と慈悲の光で照らしてくださる教えです。
強く生きられない時も、うまく言葉にできない悲しみの中にいる時も、お念仏と共に、仏さまの大きなお心の中に生かされている安心をいただきます。
お念仏(南無阿弥陀仏)とは何ですか?
お念仏は、私たちが仏さまへお願いをするためだけの言葉ではありません。
阿弥陀如来さまから、私はここにいるよ、あなたを一人にしないよと届いている呼びかけに、私たちがありがとうございますとお応えする言葉でもあります。
仏教や作法に詳しくなくても大丈夫ですか?
はい、大丈夫です。
お寺は、正しい知識を競う場所ではありません。分からないことがあって当然です。
お参りの作法や仏事のことも、必要に応じて住職が丁寧にお伝えいたしますので、どうぞ安心してお声がけください。
法事や葬儀の時以外でも、お寺へ相談してよいのでしょうか?
はい、ご相談いただけます。
法事やご葬儀の時だけでなく、心が少し疲れてしまった時、大切な方を想って寂しさを感じた時、何をどう考えればよいか分からない時にも、どうぞご無理のない形でお声がけください。

ご相談・お問い合わせ

答えがすぐに出なくても、大丈夫です。
どうぞ、ご無理のない形で西光寺へお声がけください。

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決して一人にはしない。
また会おうね、という願いと共に。

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